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札幌高等裁判所 昭和51年(ウ)23号 決定 1976年5月20日

申立人

高倉正一

外一八七名

右代理人弁護士

佐伯静治

外六四四名

右申立人らから、当庁昭和四八年(行コ)第二号保安林解除処分取消請求控訴事件につき、裁判長裁判官小河八十次、裁判官落合威、裁判官山田博に対し忌避申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各忌避申立を却下する。

理由

一本件申立の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二よつて案ずるに、

(一)  当庁昭和四八年(行コ)第二号保安林解除処分取消請求控訴事件(原審札幌地方裁判所昭和四四年(行ウ)第一六、第二三、第二四号事件)記録によれば、右事件(以下、「本案事件」という。)は、申立人ら外八三名が原告となり、農林大臣を被告として、被告が昭和四四年七月七日農林省告示第一、〇二三号をもつてした北海道夕張郡長沼町所在の保安林の指定を解除する旨の処分の取消を求める訴を札幌地方裁判所に提起したことによるものであつて、同裁判所は、昭和四八年三月三〇日に終結した口頭弁論に基づいて、昭和四八年九月七日原告らの請求を認容する旨の判決を言渡し、被告農林大臣が右判決を不服として、右申立人ら外八三名を被控訴人として、同年同月一二日、当庁に控訴を申立て、「原判決を取消す。(本案前の申立として)被控訴人らの本件訴えをいずれも却下する。(本案について)被控訴人らの本件請求をいずれも棄却する。」旨の判決を求めているものであつて、現在、当庁第二部において、裁判長裁判官小河八十次、裁判官落合威、裁判官山田博をもつて構成される合議体の受訴裁判所(以下、本案事件担当の受訴裁判所を単に裁判所ということがある。)によつて審理されているものであることが明らかである。

(二)  ところで、本案事件のような行政訴訟事件における裁判所職員の除斥、忌避及び回避についても、行政事件訴訟法第七条により、民事訴訟第一篇第一章第二節の各規定が包括的に準用されるものであるが、同法第三七条ないし第四二条所定の裁判官忌避の制度は、裁判の公正及び信頼を確保するために、客観的に見て、裁判官が偏頗な裁判をする虞れがある場合に、当該裁判官をその事件の審判から排除することを目的とするものであるから、当事者による裁判官忌避の原因としての、同法第三七条一項にいう「裁判官ニ付裁判ノ公正ヲ妨クヘキ事情アルトキ」とは、裁判官が担当事件の当事者と特別の関係にあるとか、訴訟手続外においてすでに当該事件につき一定の判断を形成しているとかの、当該事件の手続外の要因により、その裁判官によつては当該事件について公正で客観性のある審判を期待しえない客観的事情がある場合を指すものと解するを相当とする。裁判官がその担当する事件の手続内において、すでに実施した審理ないし証拠調によつて、当該事件につき、一定の心証を形成したとしても、それは、裁判官として当然のことであつて、かかる心証を形成したからといつて、或るいはかかる心証を形成したことが当事者から窺われるからといつて、当該裁判官に、公正で客観性のある審判を期待し得ない客観的な事情があるということはできず、従つて、裁判の公正を妨ぐべき事情があると言い得ないことはいうまでもない。また、右に説示したところによれば、訴訟手続内における裁判官の訴訟指揮、証拠の採否その他の訴訟上の措置ないし審理の方法、態度などは、それだけでは、直ちに忌避の理由とはなし得ないものであることが明らかである。当事者が、訴訟手続内における裁判官の右のような訴訟上の措置に関して不服があるというだけの場合は、当事者は、異議、上訴などの所定の不服申立の方法によつて、その救済を求めるべきものといわなければならない。従つて、単に、訴訟手続内における裁判官の訴訟上の措置ないし審理の方法、態度に対する不服のみを理由とする忌避申立は、所詮、受け容れられる可能性は全くないものであつて、それによつてもたらされる結果は、訴訟の遅延と裁判の権威の失墜以外にあり得ず、これらのことは法曹一般に周知のことがらである(最高裁第一小法廷昭和四八年一〇月八日判決、最刑集二七巻九号一四一五頁参照)。以下、叙上の見地に立つて、申立人らの本件忌避申立理由を検討する。

(三)  忌避申立理由第一、第二及び第四点について

右忌避申立理由は、要するに、裁判長小河八十次は、昭和五〇年一二月四日午前一〇時の本案事件第八回口頭弁論期日に、次回口頭弁論期日を昭和五一年三月一二日午前一〇時、次々回口頭弁論期日を同年六月一〇日午前一〇時と指定したに拘らず、裁判長小河八十次、裁判官落合威及び裁判官山田博は、昭和五一年三月一二日午前一〇時に開かれた第九回口頭弁論期日において突如として弁論を終結し、これに因り、控訴人にのみその主張を尽くさせ、申立人らの主張、釈明、反論、立証、反証の機会を正当の理由なしに奪つたものであるから、右三裁判官には、裁判の公正を妨ぐべき事情がある、というに在る。

1  そこで、先ず、本案事件記録により、控訴審における本案事件審理の経過をみると、左のとおりであつたことが認められる。

(1) 控訴審における本案事件の受訴裁判所は、当初裁判長小河八十次、裁判官落合威及び裁判官横山弘によつて構成された。裁判長小河八十次(以下、単に裁判長ということがある。)は、昭和四九年四月一日に、本案事件の口頭弁論期日を、同年七月三日午前一〇時と同年九月九日午前一〇時とに指定した。

(2) 昭和四九年七月三日午前一〇時の第一回口頭弁論期日において、先ず、控訴人は、控訴状に基づいて控訴の趣旨を陳述し、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。当事者双方は、第一審口頭弁論の結果を陳述した。

右結果陳述にかかる第一審の口頭弁論は、前後二七回に亘る口頭弁論期日を費やして行われたものであつて、右口頭弁論においては、原告らから書証二六四点、被告から書証二一八点がそれぞれ提出され、原告ら申出の証人一五名と原告本人五名、被告申出の証人五名の各尋問が行われたものであり、これら証拠調の結果は、当然に前段にいう第一審口頭弁論の結果の中に含まれるものである。

控訴人は、昭和四九年五月三一日付第一回準備書面(一三〇頁のもの)に基づいて陳述し、被控訴人らは、昭和四九年六月二六日付第一回準備書面(七八頁のもの)に基いて陳述した。裁判長は、被控訴人らに対して、保安林指定の受益関係について、農業用水関係者については利用農地の所在、洪水関係については、過去の冠水の事実があれば各被控訴人との関係について日時を含めて、明らかにするよう、釈明を求めた。

裁判長は、次々回期日を昭和四九年一一年一四日午一〇時と指定した。

(3) 昭和四九年九月九日午前一〇時の第二回口頭弁論期日において、被控訴人らは、昭和四九年九月九日付第二、第三回準備書面に基いて陳述し、控訴人は、昭和四九年九月二日付第二回準備書面(四五頁のもの)に基いて陳述した。

裁判長は、さきに指定した昭和四九年一一月一四日午前一〇時の口頭弁論期日指定を取消した旨を告知し、次回期日を同年一二月一七日午前一〇時、次々回期日を昭和五〇年二月二一日午前一〇時とそれぞれ指定した。

(4) 昭和四九年一二月一七日午前一〇時の第三回口頭弁論期日において、被控訴人らは、昭和四九年一二月一三日付第四回準備書面(一七頁のもの)、同年同月一一日付第五回準備書面(八八頁のもの)、同年同月一三日付正誤表及び同年同月一六日付第六回準備書面(八頁のもの)に基いて陳述し、控訴人は、昭和四九年一二月一七日付第三回準備書面(五六頁のもの)に基いて陳述した。

裁判長は、次々回期日を昭和五〇年五月一六日午前一〇時と指定した。

(5) 昭和五〇年二月二一日午前一〇時の第四回口頭弁論期日において、控訴人は、昭和五〇年二月二一日付第四回準備書面(五一頁のもの)及び同年二月二〇日付正誤表に基いて陳述し、被控訴人らは、昭和五〇年二月二一日付第七回準備書面(四七頁のもの)、同年同月同日付第八回準備書面(一〇頁のもの)に基いて陳述した。

裁判長は、次々回期日を昭和五〇年七月二四日午前一〇時と指定した。

(6) 昭和五〇年五月一六日午前一〇時の第五回口頭弁論期日において、それまで、受訴裁判所の構成員であつた裁判官横山弘が裁判官山田博と更迭し、受訴裁判所の構成が変わつたので、先ず、当事者双方は、従前の口頭弁論の結果を陳述した。次いで控訴人は、昭和五〇年三月二八日付第五回準備書面(一八頁のもの)及び昭和五〇年四月三〇日付第六回準備書面(六一頁のもの)に基いて陳述した。被控訴人らは、昭和五〇年五月一六日付第九回準備書面(一七頁のもの)及び同年同月同日付第一〇回準備書面(六七頁のもの)に基いて陳述した。

裁判長は、次々回以降の期日として昭和五〇年一〇月三日午前一〇時及び昭和五〇年一二月四日午前一〇時を指定した。

(7) 昭和五〇年七月二四日午前一〇時の第六回口頭弁論期日に控訴人は、昭和五〇年七月二四日付第七回準備書面(二頁のもの)に基いて陳述し、被控訴人らは昭和五〇年七月二四日付第一一回準備書面(三八頁のもの)に基いて陳述した。

被控訴人らは、新らたな書証五点を提出し、控訴人は新らたな書証四点を提出した。

(8) 昭和五〇年一〇月三日午前一〇時の第七回口頭弁論期日において控訴人は、昭和五〇年一〇月三日付第八回準備書面(三二頁のもの)に基いて陳述し、被控訴人らは、昭和五〇年一〇月三日付第一二回準備書面(六六頁のもの)に基いて陳述した。

被控訴人らは、新らたな書証二点を提出し、控訴人は新らたな書証二六点を提出した。

裁判長は、次々回以降の期日として昭和五一年二月五日午前一〇時及び同年同月六日午前一〇時を指定した。

なお、被控訴人らは、昭和五〇年九月二九日に証拠保全(検証)の申立をし、控訴人は同年一〇月二日新らたな証人四名の尋問及び検証の申出をした。右証拠保全の申立は、同年一〇月八日に却下された。

(9) 昭和五〇年一二月四日午前一〇時の第八回口頭弁論期日に控訴人は、昭和五〇年一二月四日付第九回準備書面(三二頁のもの)、同年同月同日付訂正書及び同年同月同日付第一〇回準備書面(三六頁のもの)に基いて陳述した。被控訴人らは、昭和五〇年一二月四日付第一三回準備書面(六六頁のもの)、同年同月同日付第一四回準備書面(五五頁のもの)及び同年同月同日付第一五回準備書面(二四頁のもの)に基いて陳述した。

被控訴人らは、新らたな書証一三八点を提出し、新らたな証人五名の尋問と検証の申出をした。控訴人は、新らたな書証三五点を提出した。

裁判長は、さきに指定してあつた昭和五一年二月五日午前一〇時及び昭和五一年二月六日午前一〇時の口頭弁論期日の指定を取消す旨告知したうえ、次回期日を昭和五一年三月一二日午前一〇時、次々回期日を昭和五一年六月一〇日午前一〇時とそれぞれ指定した。

(10) 昭和五一年三月一二日午前一〇時の第九回口頭弁論期日に被控訴人らは、昭和五一年三月一二日付第一六回準備書面(二五頁のもので保安林指定解除の代替施設の不備を主張したもの。)及び同年同月同日付第一七回準備書面(三〇頁のもので、被控訴人らの主張を要約したもの。)に基いて陳述した。裁判長は被控訴人らに対し右第一六回準備書面に基づく陳述中、二点について釈明を求めたところ、被控訴人らは、一点については直ちに釈明し、他の一点即ち「受益対象の範囲の夕張郡長沼町字馬追とある字馬追の位置はどの辺か。」という点については、今明確にできないので調査のうえ明らかにすると答えた。被控訴人らは、直接に(裁判長に対して、控訴人に対する発問を求めるという方法によらずに)控訴人に対して、控訴人の前記第九回準備書面(昭和五〇年台風第六号による降雨資料等に基づき代替施設の富士戸第一堰提の安全性及び洪水調節機能が高いことを主張したもの)に基づく陳述中、「二三頁六行目で、流入量の算定につき、木村俊晃博士の貯留関数法を使用しているが、一審で洪水関数を使用しているのに、なぜ控訴審になつて流出関数を拾てて貯留関数を使用したのか。」という点外四点について釈明を求めたところ、控訴人は右求釈明事項の大部分につき、「今、正確に答えられないから、後で検討整理して釈明したい。」と答え、右摘示の求釈明事項については「木村博士に、富士戸一号堰提の洪水調節効果及び洪水に対する安全性の評価について鑑定を依頼しており、四月一〇日くらいをめどに、その鑑定書を提出できる見込みなので、これによつて釈明できる。」と述べた。

被控訴人らは新らたな書証三六点を提出した。

裁判所は、当事者双方がそれまで申出ていた前示各人証の採否及び裁判長がすでにしてあつた昭和五一年六月一〇日午前一〇時の口頭弁論期日の指定の取消につき、明示の決定をなすことなく、口頭弁論を終結した。そして、裁判長は、判決言渡期日を昭和五一年八月五日午前一〇時と指定した。

2  前段認定の事実によれば、裁判所は、前示第九回口頭弁論期日に当事者双方の前示人証及び検証等の申出をすべて黙示的に却下し、また、すでにしてあつた昭和五一年六月一〇日午前一〇時の口頭弁論期日指定を黙示的に取消して、口頭弁論を終結したものと認められる。

なお、申立人らは、裁判長は、当事者双方の意見を求めることも、直前の合議をすることもなしに、結審したと主張するが、裁判所が結審するにあたり、当事者双方の意見を求めなければならぬという法的根拠はないし、また、結審直前に合議しなければ結審できないものでないことはいうまでもない。

3  申立人ら提出の疎甲第二号証(第八回口頭弁論期日の録音テープ)によると、次の事実が認められる。

昭和五〇年一二月四日午前一〇時に開かれた第八回口頭弁論期日に、控訴人がその第一〇回準備書面に基づく陳述を終えたとき、裁判長は、これが控訴人の最終的準備書面とみてよいか、という趣旨の発問をしたところ、控訴人は、「最終的というとあれですが、一応の主張は尽している……」と答えた。そのあと、被控訴人らは、その第一三回、第一四回、第一五回準備書面に基づいて陳述し、その趣旨を敷衍して説明した。裁判長は、次回までに被控訴人らの主張の要旨を整理した準備書面を提出してほしい、と述べた。被控訴人らは、これを了承したが、ほかに補充的に、又は控訴人の主張に対する反論として、主張したいことが残つており、現段階における右の残つている主張としては、訓練、教育の側面からみて自衛隊が憲法第九条二項にいう軍隊であり、従つて戦力であることを論証するための主張、憲法第九条や憲法前文についての控訴人の主張に対する反論、非武装平和主義の現実性についての主張、控訴人の第八回及び第九回準備書面に基づく主張に対する反論、保安林指定解除調書及びその添付書類に関する主張、第一回口頭弁論期日に裁判所から釈明を求められていた事項について釈明するための主張等がある、と述べ、これらの主張を次回期日までにその全部を準備することは困難である、昭和五一年の五月ないし六月くらいまでには準備したい、と述べた。そのあと裁判長は、訴訟の進行について、「今まで、もう二年間も弁論を続けてきて、特に後半詳細な弁論が展開されたし、一審でも相当の証拠調をしているし、裁判長としては、ここで主張をもう一度検討し直して、それとのかかわりあいで、証人調の問題を考えたい。」と述べた。裁判長のこの発言を聞いて被控訴人らは、前述の残つている主張をし尽すために、あと二回の口頭弁論期日を開くことを強く要望した。これに対し裁判長は、次回期日を多少延期することにしてそれまでに、残つている主張を全部準備してほしい、と述べた。これに対し、被控訴人らは、論点が多岐に亘り、訴訟代理人が東京と札幌にわかれている関係もあつて、次回期日までに残つている主張全部のための準備書面を提出することはできないと述べ、そして「裁判所は、何故にそんなに、にわかに急ぐのか。」と問うた。これに対し裁判長は「論点は、大体そろつたのではないかという感じがする。」と述べたが、結局、被控訴人らの強い要望を容れた形で、1の(9)末段で認定のとおり、既にしてあつた口頭弁論期日指定の取消を告知して、新らたな口頭弁論期日として、次回期日と次々回期日を指定した。

右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

4 右認定の事実と前示1の(10)で認定の事実とを合わせ考えると、申立人らとしては、昭和五一年三月一二日午前一〇時の第九回口頭弁論期日終了までに、なお、しようと考えていた主張をし尽していなかつたとは明らかであり、また、右し残しの主張については、同年六月一〇日午前一〇時に開かれることになつていた口頭弁論期日においてこれをなすべく、その準備をしようとしていたことも明らかである。それゆえ第九回口頭弁論期日に、裁判長が申立人らの予期に反して、人証や検証の申出をすべて黙示的に却下し、同年六月一〇日午前一〇時の期日指定を黙示的に取消して、口頭弁論を終結したことに因り、申立人らが、し残していた主張及び立証の機会を奪われたと思つたとしても、無理からぬものがあるといわなければならない。他方、控訴人としても、第九回口頭弁論期日終了までに、そのなさんとする主張、立証をすべて尽したとは思つていなかつたものと認められる。

5 しかしながら、前示1及び3で認定した事実によれば、裁判所が前示第九回口頭弁論期日に、当事者双方の人証や検証の申出を黙示的に却下し、同年六月一〇日午前一〇時の期日指定を黙示的に取消して弁論を終結したのは、それまでにした審理ないし証拠調によつて、本案事件について、判決をなしうる一定の心証を形成し、判決をするに熟したものと判断するに至つたことに因るものとゆうに認めることができる。裁判所が本案事件につき、訴訟外の要因によつて、右のような心証を形成したのではないかとか、或いは右のような措置を措つたのではないかと疑われるような事情は、疎明資料上なにも認められない。裁判所としては、申立人らが、なおしようとしている主張、釈明及び立証については、本案事件の判決をなすのに必要でないと判断したため、右のような措置をとつたものと考えられる。成る程、第八回口頭弁論期日に、裁判長が申立人らの強い要望を受け容れた形で、次回期日のほかに、次々回期日として昭和五一年六月一〇日午前一〇時を指定した前認定のいきさつ及び第九回口頭弁論期日における前認定のような口頭弁論ないし審理の経過よりすれば、裁判長ないし裁判所のとつた前叙のような訴訟指揮は、それが、申立人らが主張するように、前記三裁判官が、控訴人にのみその主張を尽させ、申立人らから、その主張、釈明、反論、立証、反証の機会を正当の理由なしに奪つたなどとは言い得ないものとしても、その訴訟指揮としての当否という観点からすれば、問題の余地があることは否み得ない。蓋し、裁判所は、当事者が主観的に主張、立証を欲している事項であつても、当該事件の裁判をするのに、それが必要なものでないと判断するときは、当事者にその主張立証をさせずに結審できるものであることはいうまでもないが、裁判所が当事者にそのなさんと欲する主張、立証をする機会を与えるかのような審理態度を一旦とり、しかも当事者が裁判所の右のような審理態度を信頼してそのなさんと欲する主張立証をまだし尽していないうちに、当事者の意に反して、その審理態度を変え、当事者がしようとしていた主張立証をする機会を奪つてしまうような措置に出ることは、仮令、当事者のなさんと欲している主張立証が、裁判をするのに必要でない、と裁判所が判断するに至つたためであるとしても、当該当事者に、裁判所が、不当に主張立証の機会を奪つたとか、充分な主張立証の機会を与えてくれなかつたとかいう不満を、ことさらに抱かせる虞れがあり、その意味において好ましいものではないからである。しかしながら申立人らの前示忌避申立理由は、畢竟、裁判長ないし、裁判所としての前叙のような訴訟指揮ないし証拠の採否を非として訴え、これだけを前記三裁判官の忌避申立理由とするものにほかならず、右の如き事由は、裁判官に対する忌避申立理由として受け容れ得ないものであることは叙上説示したとおりである。よつて前示忌避申立理由第一、第二及び第四点の主張はいずれも失当である。

(四)  忌避申立理由第三点について

右忌避申立理由は、要するに、前記三裁判官は、本案事件を昭和五一年三月一二日午前一〇時の第九回口頭弁論期日に抜き打ち的に結審するために、又は結審を容易にするために、小河裁判長において、昭和五〇年一二月四日午前一〇時の第八回口頭弁論期日に、右結審の意図を隠すために、次回期日のほか、次々回期日として、昭和五一年六月一〇日午前一〇時の期日を指定したか、若しくは昭和五一年三月一二日午前一〇時の第九回口頭弁論期日において、右結審の意図を隠すために、ことさら平静さを装い結審の素振りを見せない態度をとつたかのいずれかであるが、これは詐術的言動によつて申立人らを欺罔するという不正行為をしたものであるから、前記三裁判官には、裁判の公正を妨ぐべき事情がある、というに在る。

しかし、(三)の1ないし3で認定したところによれば、裁判所が前示第八回口頭弁論期日の当時、本案事件をいつ結審するべきかにつき検討していたことが窺われないではないが、前記三裁判官が、申立人ら主張の如く、第九回口頭弁論期日に抜き打ち的に結審するために、又は結審を容易にするために、前示第八回口頭弁論期日に、裁判長において右結審の意図を隠して、次々回期日をも指定したものと認められるような疎明資料はない。(三)の3で認定のとおり、裁判長が前示第八回口頭弁論期日において、申立人らの強い要望によつたものとはいえ、次回期日と次々回期日とを指定したことからすれば、裁判所は、前示第八回口頭弁論期日当時において、次回の第九回口頭弁論期日に弁論を終結することをはつきりと決定はしていなかつたものというべきである。また、裁判長が前示第九回口頭弁論期日において、同期日に抜打ち的に結審するため又は結審を容易にするため、その意図を隠して、ことさら平穏を装い結審の素振りを見せない態度をとつたとの申立人らの主張についても、これを認むべき疎明資料は全くない。右のとおりであるから、前記三裁判官が詐術的言動によつて申立人らを欺罔したなどということは全く認められず、従つてさような事実があつたとの前提に立つ申立人らの前記忌避申立理由第三点の主張は、爾余の考察をなすまでもなく、失当というべきである。

(五)  忌避申立理由第五点について

右忌避申立理由は、前記忌避申立理由第一ないし第四点の主張の繰り返しであつて、右主張と別個の独立した忌避申立理由の主張とは認め難い。よつて右主張については、改めて判示すべき限りでない。

(六)  忌避申立理由第五点について

結論としての右忌避申立理由は、要するに、前記三裁判官が通常の手続と慣行を無視して本案事件の結審を急いだのは、本案事件が提起された昭和四四年七月七日以来、政府権力及びこれに迎合した平賀健太元札幌地方裁判所所長など司法部内における一連の反動的な力が一体となつて、本案事件を押しつぶすため異常な熱意を示してきたことと不可分なものであり、申立人らは憲法第三二条で保障された国民の裁判を受ける権利に基づいて、前記三裁判官の本案事件からの排除を求める、というに在るものの如くである。

しかし本案事件の前示の結審が、申立人らの主張の如きものと関係があると認むべき資料は全くなく、また憲法第三二条は、裁判官忌避申立の根拠となるものではないから、申立人らの右忌避申立理由の主張も失当である。

三よつて本件各申立は理由ないのでこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

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